特別2017/02/19 00:08

 諸般の事情により、とにかくひたすら前略。いきなり本題に。そーゆーモノだと思ってもらいたい。
 
 この文章は、ロベルト・ボラーニョ「第三帝国」に対する感想文というか何と言うか…である。文芸書に対するモノなので、あえてネタバレ上等とする。流石に一部伏せようとは思うけど。そこは覚悟してもらいたい。ではいくぞ。
 
 何故このようなモノを?それは、面白かったから…な~んて話ではない。いや、面白くはあったけど、それだけじゃこんな文は書かない。一応はスペイン語圏文学(スペインだけでなく、南米も含む)の研究をしている日本人向けに「言っておくべきコト」があると判断したからである。本書には「ウォーゲーマーでないとわからない部分」が山ほどある。にもかかわらず、大学その他でこの手の文学に真面目に取り組んでいながら、ウォーゲームのことかなり詳しく知っている日本人がいるか?とりあえず、訳者はあとがきで詳しくないことを白状している。それなりに学んで参考にした形跡は見受けられるけど、本書にはそれだけでは語りきれない部分があるのだ。なにせ「私はゲーマーだからわかるけど、普通の読者は置き去りなんじゃ」って記述だらけ。そこを語る人間がどれだけいるのかよくわからないので、私なりの雑感を書いておこうと考えた次第である。
 
 まず、本書のタイトルの「第三帝国」とは、古株ウォーゲーマーには良く知られた、アバロンヒル社の「第三帝国」から来ている。訳者は「同一のものと確かめられなかった」とのことだが、私の判断では間違いなくあの「第三帝国」である。相違点は作者のカン違いで片付けて問題ないってレベル。むしろルールの版を確認できるかどうかが問題になるくらいだ。残念ながら私は古い第三帝国には詳しくないので、流石にそれは特定できなかった。ただ、想定されている年代(80年代半ば?少なくとも89年より前)や英本土上陸作戦のやり方などから推定すると、どうも第5版っぽい。そんな知識どーでもいい…と言いたい気持ちはわかるんだけど、実は結構重要な意味を持っているのでは?と疑っていたりする。
 
 簡単なあらすじ紹介。主人公はドイツのウォーゲーマー。雑誌に記事を書くようなセミプロレベルであり、大会で「第三帝国」欧州チャンプになった。一応筋金入りだな。スペインの海に遊びに来た所、同行の友人が海難事故とおぼしき事情で行方不明になった。おそらくいずれ遺体が回収されるからとその地に残り、ヒマだから「第三帝国」に興味を持った現地の人物、「火傷」と第三帝国をプレイ。この「火傷」、最初はド素人と侮っていたけれど、なんかヤケに熱心で、急速に技量が向上してゆく。何で?何かヘンな思惑ある?ひょっとして「相手にしちゃイケナイ人」相手にしちゃった?もし負けたらオレどーなるんだ…ってな話。ホラーっぽい要素も含んでいる作品なので、最後どうなるのかは一応伏せる。後は読んで確認して下さい。
 
 古参ウォーゲーマー視点で読むと、昔懐かしいゲーマーライフが山ほど語られていて楽しい。GDW「アサルト」はブンデスヴェーアまで出ているとか、ASLはまだ出てないようだ、ってな部分から作中の年を特定できるかも。また、こう言っては何だけど「今の目から見るとため息が出ちゃうような記述」もある。「史実で大劣勢だった側はゲームでも勝ち目がない」などと思い込み、あげく「プレイする価値がない」と言いたげなところとか。この辺は「あの頃はオレ達みんな青かった」で済む話だけど、作品に重大な影を落としている要素が1つある。それは「初心者へのインスト」だ。ここは少し詳細に語っておきたい。
 
 主人公は「火傷」に第三帝国を教えてプレイする。しかし、そのインストは褒められたモノではない。なにせルールブックのコピーすら渡さない。最低限のルールだけ教え、聞かれないことは黙っている。「ゲームを買って自分でルール読まないお前が悪い」と言いたげな態度だ。あげく、中盤以降「火傷」の技量が向上したのは「誰かが勝手にルールブックのコピーを渡したからでは」と疑い、犯人捜しを始める有様。確かに昔はそんなプレイヤーが数多くいたんだよなあ…私は曲がりなりにも「そーゆー態度は止めよう、もっと初心者勧誘に興味を持とう」って趣旨のコトを言い続けてきた人間だけに、盛大なため息が出た。なお、この犯人捜しは作品中で結構重要な意味を持つコトだったりする。それが「昔のゲーマーの駄目な部分」から来た行動だ、ってのは泣けるね。
 
 ここで1つ、私が大いに気になっている部分の考察を行っておきたい。それは、「何故主人公は苦戦したのか」である。最終的な勝ち負けは伏せるけれど、主人公は「どちらが勝つかわからない」ってなトコロまで追い詰められる。何故そこまで追い詰められたのか?これは主人公の心象風景や作者が訴えたかったことに関係してくると思うのだが、作者はぼかして書いている。ここを詳細に読み取れるほど、私は「第三帝国」に詳しくないのだ。ぶっちゃけ、手元に昔の研究記事(タクテクスに掲載されたものでいいと思う)もしくは実物が欲しいけど、そんなものは…
 
 考えられる理由としては、いくつかある。まずは「「相手が強かったから」。対戦相手の「火傷」が、奇妙な情熱から恐ろしい勢いで技量向上していることは間違いない。しかし、それだけで足りるか?研究が進んでいない同士の対戦なら、そーゆーこともあるだろう。しかし、ある程度研究が進んだ段階になると、「ミスが少ない方が勝つ」って感じになるのが普通。将棋で言えば、プロ同士の対戦なら「飛車タダ取り」された場合、名人でもプロ成り立て(実力はピンキリって話はあるけど)に「勝ち目がない」ってな感じになる。序盤ド素人でミス連発した側が、中盤以降「実力が追いついた」としても盛り返すのは容易じゃないはず。この辺はゲーマーならばわかる感覚だと思う。この辺についてはフィクションゆえの…って部分とか、作者のゲーム歴(ウォーゲーム以外含む)などに依存すると思われるので、とりあえずは「疑問点」で留めておこう。
 
 理由その2。主人公の油断もしくは手抜き。これはゼロではないと思う。特に手抜きは「何かしらやらかした」っぽい。主人公は自身の開発した「ウクライナ捨て駒作戦」(訳がヘンなのではないかと疑っている。原著には何て書いてあるんだ)に相当な自信があるようなので、この作戦の流れに沿って初心者を嬲る気マンマンだと思われる。よって、この作戦に沿わない形で勝利が決まってしまうようなミス(大事な場所がカラッポとか)は故意に見逃した可能性があるのだ。昔はいたんだよこーゆー奴。個人的には「最上級の屈辱」であり、相手のことをちょっとでも考えるならやっちゃイケナイってレベルまであると思う。
 
 実を言うと、これをやらかしたのではないかとおぼしき記述がきちんとある。作中に仏のセットアップが「なってない」ことが記されている。まあ初心者だし。にもかかわらず、主人公は仏を39年秋に陥落させていない。これは手抜きか手心かは知らないが、「あえて見逃した」可能性があると思う。昔私が行った研究によると、仏のセットアップに手抜かりがあった場合、仏は「2:1攻撃を2回成功されると」39年秋に陥落するのだ。ただ、私の研究はココで止まっている。
 
 「第三帝国」のCRTを詳細に覚えてはいない(「反撃」って結果があるので、結構複雑)けれど、このゲームの2:1攻撃の成功率は確か35/36程度。「ほぼ成功」だ。ただし失敗する可能性は一応あるので、独は再建不能な空挺部隊を使った攻撃は3:1(絶対成功)にする、ってのが基本テクニック。とはいえ、こんな確率では「仏は守れていない」と判断するのが普通であり、故意にそんな配置をするプレイヤーはいない。だから独側としてもそんな場合のことを考える必要は無い…というのが私の判断であり、それ自体は大きく間違っていないと思う。ただ、そのおかげで「攻撃を工夫して3:1連発による絶対陥落に持ち込めるのか」とか、「2:1に失敗した場合どうなるのか」って部分がよくわからん。
 
 仮に「仏のセットアップにミスがあっても、絶対陥落に持ち込むのは無理」であり、かつ「低確率とはいえ攻撃失敗したらものすごい痛手」だとしたならば、自重する意味はある。ましてや「ド素人相手」だ。冒険しなくても確実に勝てると考え、攻撃しないって手は成り立つ。けれども、そうでない場合…ちなみに、仏が39年に降伏する影響は巨大である。投了しても問題ないレベルかな。私ならどーするか?多分攻撃する。相手が初心者もしくはこのゲームに不慣れなら、攻撃して「不備」を指摘し、やり直す。わかっているはずの人間がやってきたら、ある種の挑発行為と認定し、失敗したら負ける覚悟で攻撃する。あえて慎重策を採用する必要は感じない確率かな。まあ、この辺は好みの差もあるとは思うけど。
 
 理由その3。緊張やおびえから来るミス。たかがゲームに重たいモノ(自分の命?)背負わされ、しかも周囲には不吉な兆候(友人の行方不明とか)が山ほどあるって状況だ。これはあったと思う。ただ、程度問題を読み取るには知識が必要そうで…バルバロッサ作戦でモスクワ占領したっぽいのはいいとして、その後独軍側の動きが少なく感じるのはコレに該当するのか?相手はレンドリース大量に突っ込んで猛攻を加えているようなのに、反攻するでも大撤退するでもなく戦線整理に徹しているのはどうなのよ。そーゆーゲームだっけ?まあこの辺は次に説明する理由4と関連しそうなので、そちらを先に説明しよう。
 
 理由4。主人公ご自慢の「ウクライナ捨て駒作戦」に致命的ミスがある。この作戦、「普通にバルバロッサ作戦を行い、なおかつスペイン侵攻してジブラルタルを押さえ、伊艦隊を大西洋に送り込み、それも利用してゼーレーヴェを成功させ、ロンドン占領して勝つ」って流れのモノらしい。決まれば華麗だろうけど、いわゆる「攻め過ぎ」じゃね?無理攻めして戦線に薄い所ができ、そこを突かれて第6軍が包囲されちゃいました…という史実の悲劇をより大規模にやらかした可能性はあるな。意表を突かれて意気消沈し、やる気を喪失した相手になら通用したけれど、諦めずにシッカリ対応してくる相手には無茶のある作戦だったのかもしれない。
 
 私が「そーゆーコトかも」と疑った理由は、レンドリースにある。連合国側はガンガン赤軍にレンドリースしまくっている…って記述が出てくるのだ。妨害はどうした?と思っていたら、どうもゼーレーヴェ用に艦隊を温存していたらしい。思えば、スカンジナビアのスの字も出てこなかったしなあ。このヒネリに無理があった上、緊張やおびえから東部戦線の状況判断をミスったのだとしたら…でも、「そうに違いない」なんて断言できるほど、私はこのゲームに詳しくないんだよね。
 
 あと、理由3については補足したいことがある。この作品、なんかむやみやたらと「死の臭い」が強調されている。巻末にある「解説」でも「訳者あとがき」でもこの点が語られ、作者の病気(夭折したそうな)と絡めて論じていたりする。しかしだなあ。それは勘ぐりすぎではないかと真面目に思う。まず、この作品はホラー的な要素を含んでいる。「主人公の命はどうなる?」ってなドキドキを読者に感じてもらう必要はあるだろう。そのために「死を強調」するのは悪くない手法ではないかと。それに、この「死の臭い漂う雰囲気」は(程度問題はさておき)主人公の冷静さを奪い、ミスを誘発させる効果も兼ねているはず。異様な雰囲気に飲まれて正常な判断が難しくなってゆく…ってな記述は、基本じゃないかと思う。この作者の他の作品読んだことがないので断言はしにくいけれど、「この作品に死の臭いが充満しているのは、ホラー映画が何でもないシーンの時点で何か怖いのと同じくらい自然」じゃないかな。
 
 作者がこれらの理由のいずれを強調したいのかは、何とも言い難い。ただまあ、作品全体から判断すると理由3が軸なのかなって気はする。経歴などから判断するに、おそらく作者の視点は「火傷」寄りだ。当時のポップカルチャーに興じる西側先進国の若者の代表が主人公なのだろう。自由主義的な政治体制を謳歌し、東側や南米のような独裁的圧政に苦しむ人々に対し安易に「何故戦わない?」などと言ってしまうような存在。そーゆー存在に「お前、『逆らったら殺される』ってプレッシャーかけられてもそんなこと言えるの?」と言いたいんじゃなかろーか。そーゆーある種理不尽なプレッシャーを掛けられる対象として「ナチスドイツ軍をプレイするドイツ人」を選び、数あるナチスドイツが出てくるゲーム(ボードウォーゲームとは限らない)の中から「第二次欧州大戦戦略級」である「第三帝国」を選んだ…というのは、秀逸な目の付け所だと思う。強いて言うなら、主人公はそーゆーコトにノー天気過ぎると思う。日本人の我々でさえ「右翼と同一視されてないだろうな」って怯えと無縁じゃなかったのに(苦笑)。
 
 最後に、総合的な感想を。「こんな奴が欧州チャンプか」である。そーゆー意味ではとても残念まである。先ほどちらっと書いたけど、主人公は苦戦し始めると盤外にその理由を求め始める。その上で、個人的印象ではあるけれど「ただ淡々と事前の作戦研究に従ったプレイをするだけ」って存在になりはてているように感じる。ぶっちゃけ、盤上を直視できてない。違うだろ。ゲームは最後は盤上が全てだろ。「死の臭い」ってプレッシャー?「負けたら何されるかわからない」?だからどーした。勝てば良いんだ勝てば。キツいプレッシャーの前にミスが出るのは仕方ない。ミスのせいで劣勢になって「負けたらどうしよう」なんて弱気が顔を出すのも仕方ない。けれども、勝利はそーゆーものを乗り越えた先にある。ちょっと追い込まれただけで目が泳ぎ出すような奴が「第三帝国欧州チャンプ」だぁ?今現在私の周辺にいるウォーゲーマーの大半はそんな甘っちょろい存在じゃねーぞ。
 
 主人公に褒められる点があるとすれば、逃げなかったことかな。いやまあ、理性的な人間なら逃げて当然の状況だし、踏みとどまって迎え撃ったというより、単にすくんで動けなくなっただけって気がするけれど。この点について、私は「自分ならどーするか」って考えた。結論は「やっぱり逃げない」かな。だって…逃げたいかこの状況?相手はこの際どーでもいい。自分は欧州チャンプだ。そんなトコロに登れるほど習熟しているゲームを挑まれて、「負けたらヤバイ」からって逃げろと?じゃあいつどこで戦うんだよ。そんな自分になりたくはないね。「走れなくなった競走馬」以下だ。私は幸か不幸か「自分より大切なモノ」は存在しないので、ここで己の存在意義のために命を賭けの対象にしちゃうと思うな。
 
 私は「第三帝国」はそれほど詳しくはない。けれども、同じ第二次欧州大戦戦略級ゲームである「ヒトラー電撃戦」(奇しくもこのゲームはスペイン産)研究記事の執筆者。「日本に存在する、主人公と立場が似てる奴」の末席ぐらいは勤まるんじゃないか?だから…多分「火傷」にヒト電挑まれたら逃げられないし、「オレならあーする、こーする」って言う資格みたいなモノは一応あると思う。そこでまあ、色々語ってみました。
 
 オマケ。本書に出てくるウォーゲームのタイトルなどは、我々ゲーマーが使用しているモノが「正しい」訳で、違っているのは言語学的にどうであれ、「誤訳」に属すると思う。ほとんどは問題ないけど、「ブーツと鞍」は笑った。「ブーツアンドサドルズ」が正しい。他にも数点気になった記述はあったかな。あと、訳者が入手したというウォーゲーム「第三帝国の最期」は笑った。推測は混じるけれど、これはコマンド誌123号のことを指すと思われる。だとすると、「第三帝国の最期」はデザイナーが書いたヒストリガルノートの副題で、ゲームタイトルとしては「第三帝国最後の戦い」が正しい。読者がググる時のことを考えたら、こーゆーミスはあまりよろしくないとは思う。いちいち指摘する奴は他にいそうもないので、あえて触れてみました。