4月25日2009/04/26 01:56

 佐藤秀峰という漫画家がいる。代表作は「ブラックジャックによろしく」(新含む)「海猿」。ちょっと前に連載をモーニングからビッグコミックスピリッツ(以下スピリッツ)に移したことで騒がれた。この人が、今度実験的に「自分のHPで自分のマンガを有料配信」しようとしているんだそうな(サイトはこちら)。そこでまあ、とりあえず私なりに「この試みは成功するのか?」を検証してみたい。
 
 何故こんな実験を?詳しい話はサイトに載っているのでそちらを参照してもらうとして、私なりに要約すると「漫画界の将来を憂い、出版社の手を借りずに漫画家がやっていけるかどうかを試す」ためらしい。雑誌移るくらいだから、出版社ってモノに対して根強い不信感があるのかな。
 
 まずは技術面から検証してみよう。と言っても、私はソコまで技術面には詳しくないので、参考にもならない程度しか語れないけど。とりあえず構想としては、「旧作は1話10円、新作は1話30円」って金額らしい。これで目標金額としては、以前「原稿料が月額70万円では苦しい」って話が流れていたので、とりあえずは「マンガ制作経費を別にして、月70万円以上の収入を得る」ことを仮の目標とする。実際の「当面の目標」は、もう少し低いとは思うけどね。これはあくまで「技術面検証のための目標」だと思ってもらいたい。
 
 ものすごーく乱暴な試算として「70万円売り上げるために必要なアクセス回数」を求めてみよう。まあ週刊雑誌同様月4回程度出るとして、週5,600~16,800回ぐらいアクセスがあれば目標に達する。旧作の需要は少なめと見積もると、まあだいたい週6,000回ほどのアクセスがあればいいわけだ。
 
 週6,000アクセスって…とりあえず、中堅エロゲーメーカーへのアクセス数(他にいいサンプルが発見できなかった…)より、1ケタ大きいような気がする。中途半端なサーバーだとパンクしそうな気が…私はシステムのことは詳しくないけれど、「週だいたい6,000アクセスに耐えられるWEBサーバー」の構築費用って、それなりに高額になるんじゃないかな。
 
 しかもだ。「読者が購入した」作品は、「読みたい時に再度アクセスすれば読める」ようにして、購入後1年間ほど読めるようにするとか。そうなるとアクセス数は更に増えることになりそうだ。それやこれやを考えると、システムの構築費はかなりなものだし、運用経費も馬鹿にならないような。これら「出版社に原稿料もらうって形なら発生しなかった経費」は含めて考えるとなると、ハードルは高そうな気がする。少なくとも、気軽に構築できる環境じゃない。
 
 次に、「これだけのアクセスを得られるか」を検証してみよう。あくまで私の見解では、「不可能ではないかも知れないけれど、相当難しい」となる。その最大の理由は、「値段設定がビミョーだから」かな。確かに、週刊誌や単行本の価値から1話あたりの金額を算出すると、こんな感じに落ち着く気はする。にもかかわらず…というより、「だからこそ」難しい気がするんだよね。
 
 大方の人間はほとんど意識しないと思うけれど、実は「金を払う手間・集金する手間」というのは、1円でも1万円でもあんまり変わらない。考えてみれば当たり前だけどね。よって、「安くて価値の低い商品」というのは、カネを払う手間を惜しまれちゃう危険性があるのだ。これを実感したければ、制作費・販売費共に50円ぐらいの同人誌作って売ってみるといい。「ある程度値段取れる内容・分量・体裁にすべし」ってのは、同人誌の鉄則なんだよね。
 
 対面販売現金商売なら、金を支払う手間は大きな問題にならない。自販機も何とかなるでしょ。でも、クレジットカードを使うのは「アホらしい」領域になる。にもかかわらず、Webで課金しようと思ったらこの手を使うしかない。Web上で「薄利多売」が成立しにくいのは、これが原因の1つだと考える。AmazonやAppleは薄利多売で成功しているけれど、あれは「豊富な品揃え」「質の高い販売・集金システム」を統合させているからであって、「ある漫画家の新作・旧作だけしか買えません」ってモノとは性質が大いに異なる。
 
 毎回カネ支払うのが面倒だというのなら、まとめてカネ払っちゃえば…って考えはある。でも、そうすると「週刊誌との競合」ではなく、「コミックスとの競合」になる。サイトを読む限りにおいては、これは作者の意図に反する競合のような気もするけどね。要は「週刊連載の原稿料が安い」のが不満の主要因であって、「コミックスの売り上げが悪くて」不満を述べているとは思えないので。
 
 そもそもだ。冷酷なことを言ってしまえば、雑誌の原稿料が「コミックスにならないと儲からない」程度に安いのは、仕方ない…どころか、当然だとさえ思う。だって、雑誌に掲載されてない作品の単行本なんて買うか?雑誌掲載というのは「単行本を売るための宣伝経費」と考えれば、何とか食える程度の金が出ているだけマシだと思うべきなのでは。色々事情が異なるとはいえ、「広告掲載してもらうために、カネ払う」のがフツーなのだから。
 
 そりゃあね、世の中には奇特な人間がいて、「面白い作品」探すために雑誌を丹念に買いまくり、その上更にコミックス売り場も丹念にチェックする…ってなアホウ(私のことだ)もいる。でも、これはどう考えても少数派でしょ。でなけりゃ、Amazonがあれほどもてはやされる理由がない。Amazonってのは、「巨大本屋で新刊本をチェックする必要を感じない、幸せな人」もしくは「巨大本屋で新刊本をチェックしたくてもできない、不幸な人」のどちらかが利用するモノだからして。「自分が知ってる雑誌に掲載されない限り、コミックスなんて買わない」のがフツーじゃないか?私のように「そうじゃない作品のコミックスを買うことがある」人間の方が希だと思う。
 
 そもそも雑誌ってのは、「雑多な作品に触れることが出来る」ところに価値がある。どんないい作品でも、読者の目に触れてもらわなければ無価値だ。無名の作家にしてみれば、「同じ雑誌に掲載されてる、有名作品のついででいいから見てくれ。そのうちの何人かが面白いって言ってくれればオレの勝ち」となる。「オレの作品は素晴らしいんだぁ!」なんてコトは、クズ作家にも言えることだ。その熱意だけで手にとって買ってもらえるなんて考えるのは、大いに甘い。同人誌でさえ「販売戦略」は重要なんだから。
 
 それゆえ、「有名作家」が各自で作品を売り始めた場合、無名作家は「どうやってオレの作品を読んでもらえばいいのか」って問題に直面する。手がないとは言わないけど、より深刻な問題となってくるのは間違いないような。私でさえ「膨大なクズの中から良い作品を見つけるのはタイヘンだ。その点雑誌はあらかじめ選別してあるので、有り難い」と思っているのに、私ほど「良い作品探し」に熱意を持たない人間にどうしたら作品を読んでもらえるというのか?「ブラックジャックによろしく」は私もいい作品だと思うけど、「コミックスがあれだけ売れた」理由として、「モーニングって雑誌に掲載されたから」は外せないでしょ。
 
 ただまあ、雑誌売り上げが低迷する現状において、「今のシステム」を維持してゆくだけでは将来が怪しいのは事実。それを憂い、色々試してみる価値はあるだろう。でも…「作家個人が作品をネット上で有料販売する」ってシステムは、正直駄目だと思う。これなら、まだ現状のシステムの方がいいような。とはいえ、私に「じゃあどうすれば」と聞かれても困っちゃうけど。
 
 佐藤秀峰氏には少し手厳しい意見になってしまったけど、現実ってのは「厳しく出た時にはとことん厳しい」ものだからして、私ごときの意見でどうこう言っているようじゃ、立ち向かうのは難しいでしょ。たとえ失敗しても色々教訓にはなりそうだし、単行本は売れてるはずだから経済的に余裕はある(新しいことをする際、「失敗しても後がある」のは大事なことだ)と思われるので、あえて「やめた方が良い」とは言わない。ただまあ、成功へのハードルは結構高いと思うな。それは覚悟していると思うけど。
 
 漫画文化がどうなるのかは、正直よくわからん。今までとは色々変わってきそうな気はするけど、「どんな方向に」変わるのかは、まだよくわからない。それゆえ、色々試してみるのはいいことだと思う。ただまあ、その大半が「失敗」「うまくいかない」って覚悟は必要じゃないかと。ある意味大変な時代だと思うけど、そんな時代を生きているんだから仕方ない。とりあえず私としてみれば、多少なりとも私にとって都合が良い方向に変わってくれれば有り難い。おそらくそれは「大多数の人間には有り難くない変化」じゃないかって気もするけどね(苦笑)。