9月28日2005/09/29 00:01

 本日は昨日の流れをくんで、エセ医療に絡んだ話を。ちょっと前から「どのタイミングで採り上げようか」って考えていた話なんだけどね。
 
 街頭で「貴方の健康を祈らせてください」と言って相手の頭の上に手をかざす…って連中を見たことはないだろうか。その昔は結構見かけた気がするけど、最近姿を見ない。少なくとも私の「ナワバリ」周辺からは絶滅したようだ。
 
 私はこの集団については「いかがわしい」の一言だけで片付け、細かいことは何も知らなかった。まあ、それがフツーだよね。しかし、最近になって唐突に「これのことじゃねえか?」って理屈を発見してしまった。私の推測が正しければ、あれはどうもセラピューティック・タッチとかいうものらしい。
 
 セラピューティック・タッチってのは、要は「ハンドパワーで何でも治す」ってエセ医療行為。発祥の地は米国で、ドロレス・クリーガーとかいう奴が始めたらしい。日本の街頭で見かけた連中との関係は不明だけど、なんか関係がありそうな気がする。なにせこのセラピューティック・タッチ、日本名が「手かざし療法」だもの。
 
 これがエセかそうでないかについては、素晴らしい研究がある。米国でエミリ・ローザっていう11歳の女の子!(当時)が学校の自由研究でコレを採り上げ、母親と共同で実験した結果「インチキと思われる」という結論を出しているのだ。
 
 これだけだったら「しょせん子供の研究」かもしれない。この研究結果はホンモノの医者と連名の末、米国の権威ある医学専門誌に発表されたのだ。エイプリルフールに、ってオチがつくけどね(苦笑)。ただ、いくらエイプリルフールとはいえ、医学専門誌が出来るジョークにはどう考えても限度がある。ある程度はちゃんとした研究なんでしょ。スゴい話だ。
 
 私がこの逸話を知ったのは、イグ・ノーベル賞受賞者を紹介した本の中でだ。イグ・ノーベル賞ってのは「人々を笑わせ、そして考えさせられる研究」に対して与えられる。権威ある賞とは言い難いけど、時には笑いと賞賛を、時には大いなる皮肉を込めて与えられる。日本人も何度か受賞しているので、聞いたことぐらいはあるかも知れない。去年はカラオケを発明したってんで日本人が受賞してるし。
 
 ちなみにこの手かざし療法について受賞したのは、推進者のドロレス・クリーガーの方。1998年の話だ。ただし授賞式に姿を見せなかった(当たり前だ)関係上、受賞式に出席したのはエミリー・ローザの方。ちなみに彼女は翌年、「学校で進化論を教えちゃ駄目」という決定を下したコロラド州(彼女の地元)教育委員会に代わって再びイグ・ノーベル賞授賞式に出席し、見事な受賞演説を行っている。
 
 この話、面白すぎてどこからどうツッコんでいいのか困るぐらいだ。そこで、ここでは「米国科学の底力」を賞賛することに論点を絞らせてもらおう。そりゃあこんなアホな療法を世界に広めたのも米国であり、罪は大きいと思う。けど、11歳の女の子がきちんとインチキを証明する論理展開を行い、それを(冗談交じりだろうけど)権威ある医学専門誌に投稿し、それが採用される(エイプリルフールにだけど)ってところが、米国科学の真のスゴさだと思う。
 
 科学って何だろう。この問いに答えるのは実は大変だけど、実験結果から仮説を立て、その仮説を証明するための実験を行い、その実験結果から…という過程にこそ神髄があるんじゃないかな。権威に頼り切った教条主義的押しつけばかり信じているようでは、たとえ何を信じていても「科学的」態度とは呼べないだろう。
 
 11歳の女の子がこんな実験を思いつく。その結果を権威ある場所が発表する。ココに米国の「科学魂」ってものが感じられないだろうか。ひるがえって日本はどうだろう。11歳の小学生がこれだけ独創的で有意義な実験を思いつけるか?それを権威ある専門誌が発表できるか?私が思うに、日本の科学行政や教育はここが間違っているような。要は魂が貧弱なのだ。
 
 そりゃあエミリー・ローザ嬢はスゴい人だと思う。でも、いくら何でも11歳の子供が学校などによる教育の影響抜きでこれだけの業績を挙げるとは思えない。多分母親の影響が大きいのだろう。これはつまり、「(学校の試験や受験で点を取るための)勉強しなさい!」しか言わない母親ではない、ってことじゃないかな。そうじゃなきゃこんな子供が育つとはとても思えない。
 
 テストで点を取るのが悪いわけじゃない。いい教育を受けようと思ったら、レベルの高い学校を目指すのが早道だと思う。だけど、せめてエミリー・ローザ嬢みたいな道もあることは覚えておいて欲しい。「理想の教育を受けた子供」ってのはこういうことを指すんだと。
 
 なおこのエミリー嬢、今年ぐらいに成人(米国では18から)になるはず。今どこで何してるのかは知らないけれど、大きな器を持った人だから、実り多い人生を送るんじゃないかと思う。願わくは科学の道に進んでいて欲しい。そうでなかったら、米国のみならず人類全体にとって損失だと思うぞ。