8月19日 ― 2009/08/19 22:36
珍しくタイムリーなネタを。本日「延期」(これを書いている時点での話。中止になる可能性はある)となった韓国の人工衛星打ち上げロケット「羅老号」について。関連資料が「つい先日コミケで仕入れた」ものなので、タイムリーに語れる。素晴らしい。
某ニュースサイトを見ていると、なんか「韓国のロケット?どーせ…」とか、「1段目はロシア?どーせ…」などという論調が目立つ。まあ言いたいコトはわかるけど、韓国が導入した1段目部分(RD-191エンジン)って、米国がロシアから輸入してまで導入したアトラスVロケット1段目部分(RD-180エンジン)と同じく、先日ちょろっと紹介したRD-170エンジンの派生型だ。つまり、この部分に関してだけ言えば、「世界最高水準」だと米国が開き直って認めたモノの親類を「買ってきた」わけだ。
このRD-191エンジン、額面の性能は相当なモノだ。燃料が違うから単純比較が難しいんだけど、日本のH-ⅡAロケットの1段目エンジン(LE-7Aエンジン。打ち上げの際には固体燃料ブースター併用)よりも優れた部分が多い。つーか、日本のエンジンは固体燃料ブースターを併用している(せざるを得ない)って時点で、メインエンジンとしてはゴニョゴニョ…って話なんですけど。固体燃料ブースター併用のドコが良くないのかは、スペースシャトル「チャレンジャー」が何やらかしたのかを思い出せばわかるでしょ。出力制御が難しい固体燃料ブースターを併用するのは、安全面で考えればどうしたって不利になるのだ。
ついでに言えば、液体水素も取り扱いが難しい。液体酸素も取り扱いが難しいけど、液体水素に比べればあんまり問題にならないレベルだ。「そんなものを燃料として使用する苦労」については解決済みとしても、燃料の保存・注入が面倒だってトコロはどーしよーもない。これは打ち上げコストに響くし、「冷えた燃料タンク(液体水素は極低温で保存する必要あり)に付着した氷」がスペースシャトル「コロンビア」に何やらかしたのかも忘れちゃいけませんね。
ちなみに、何で日本のロケットエンジンが「こんなモノ」なのかは…スペースシャトルが悪い。LE-7Aエンジンって、米国がスペースシャトルで「これからのロケットは、液体水素燃料だぜ!」と示した影響を受けているのだ。これは欧州のアリアンVロケットも同じ。これは大きな間違いとは言えないんだけど、こと1段目部分に関しては大間違いだった。
液体水素燃料+液体酸素のロケットは、宇宙空間では効率が良い。しかし、重力に逆らって分厚い大気圏を突き抜かなくてはならない1段目部分に限って言えば、効率は悪くなる。車でたとえると、「ピークパワーはデカいけど、トルクがない」エンジンなのだ。1段目部分で重要なのはトルクなので、これに乏しい水素ロケットは「使いにくい」のだ。だから、それを補うため仕方なく、トルクがデカイ固体燃料ブースターをつけている。
コレに対し、RD-170エンジンはケロシン系の燃料(ジェットエンジンの燃料や灯油の親類)+液体酸素を使っている。この燃料は水素燃料よりはトルクがあるので、1段目として使用するのは何の問題もない。スプートニク/ヴォストーク/ソユーズを打ち上げた実績があるRD-107エンジンも、燃料はケロシン系+液体酸素だ。なお、液体燃料エンジンだと、他にヒドラジン系燃料を使うモノがある。これは液体酸素を使わなくて済むので色々と便利(特に保存が楽)って利点があるんだけど、弱点として推進ガスの毒性がやたら強い。1段目部分としては今後使われなくなってゆくことが予想されています。ちなみに、今使われている固体燃料も実は毒性の高いものです。
後知恵で考えれば、スペースシャトルは「構想からして問題だらけ」だった。でも、開発当時のNASAはそう思ってなかった。そのため、新しいロケットエンジンの開発はほとんど手つかず。それどころか、既存のロケットを「シャトルがあるから」と生産中止にしようとして、あわてて生産再開する有様。ブッシュ政権末期に「シャトルに代わる新型宇宙船」の構想が発表されたけど、エンジンその他は「悪名高い」スペースシャトルのものとほとんど同じ。これは、要は「それ以降のエンジン計画は何も考えてなかった」からだ。より正確には開発計画自体はあったようなのだけど、結果としてあまりうまくいってない。
つまりだ。韓国が「1段目部分にロシアのエンジン使った」のは、しごく真っ当な判断…どころか、「他にどーしろと?」って話である。米国のエンジン開発は「スペースシャトルで得た技術的蓄積」(これはこれで貴重である)を散逸させないためにも、しばらく液体水素燃料と付き合うしかない。その上新型エンジンの開発なんて、米国の国力・技術力を持ってしても簡単なわけがない。なりふりかわまずロシアからロケットエンジン買ってきたのも、わかる話である。欧州も日本もそんな米国に引きずられて、液体水素エンジンなんぞ使用してる。中国やインドはまだ「売ったり教えたりする立場」じゃないでしょ。
もっとも、今回の打ち上げが「自動シーケンス実行中断」って形で中止に至ったのは、少し気になる話である。RD-191エンジンに問題が生じた可能性が高いからね。もっとも、これはある程度仕方ない。RD-191エンジンはいいエンジンだと思うけど、こと信用度に関してはまだ高くない。開発されてまだ日が浅く、実績不足だからだ。この点に関する限り、ICBMサプウッドを打ち上げ、「スプートニクショック」を引き起こし、ガガーリンの偉業を支え、今なおソユーズに使われ続けているRD-107エンジンに勝るモノなど存在するわけがない。「いずれRD-107に取って代わる」と言われているRD-191だけど、もし今回の中止原因がこのエンジンにあるのだとしたら、「まだまだ青いな」ってトコロか。
言うまでもないことだけど、今回の中止がRD-191エンジンのせいだとしても、このエンジンの評価が大きく劣るわけではない。まだ開発されて日の浅いエンジンを、打ち上げ技術に関してはトーシロの韓国で使おうとしてちょっとトラブったなんてのは、「流石に想定の範囲内」だろうからなあ。つーか、このエンジン使った「ロシアのロケット」ってまだ飛んでないはずだから、このエンジンの宇宙デビューがこの打ち上げじゃないか?そんなモノにトラブル出たからって、別に韓国の技術がどうとかロシアの技術がこうとかって話にはならないと思うな。
それより…日本の宇宙開発は真剣に見直した方が良さそうな気がするんですけど。ハッキリ言って、「水素燃料エンジン+固体燃料ブースター」ってロケットは色々不利だ。米国でさえ「時間かかってもいいから、いずれ見直しを…」って方向で動き出しているんだから。欧州もいずれこの方式に見切りを付けたいらしく、ロシアの技術導入に動き出しているらしい。なにせ「シャトル退役後のISS利用手段」として、アリアンVの有人化じゃなくてソユーズ買ってくるって手段を採用したくらいだし。韓国の衛星打ち上げが文字通り「軌道に乗った」場合、エンジンの基本構造で優位にあるのは韓国の方だってわかっているのか?韓国の失敗を笑うヒマがあるのなら、もっと真剣に「今後日本の宇宙開発はどうあるべきか」を考えるのに使った方が良いと思うぞ。マジに。
もっとも、ロケットエンジンの新規開発なんてタイヘンである。LE-7Aエンジンが不利な設計思想に基づくものだとしても、だからって軽々しく放棄して良いはずがない。これはこれでいいエンジンではあるんだし。また、日本の固体燃料ロケット技術は高い水準にあるので、「固体燃料ブースターが付属していても大丈夫!」ってトコロに持ってゆけるかも知れない。ただ、それは「何も考えずH-ⅡAロケット飛ばしていればいい」って話じゃない。それこそ「50年先はどうなるのか」をきちんと考え、新規開発するなら腰を据えて取り組む、今のままで行くなら「基本構造で不利を抱える分、どこをどう改善し、何をユーザーにアピールしていくのか」を考えていく必要があるだろう。
宇宙開発ってのは、難事業である。打ち上げ延期・中止どころじゃない、「誘導失敗」だの「爆発した」だのといった失敗がどれだけあったと思っているんだ。金銭的被害だけじゃなく、人命だって失われている。米ソに代表される「宇宙の先駆者(当然、日本も含む)」の苦労を考えれば、今回の打ち上げ延期なんて「程度の軽い失敗」であり、宇宙開発に伴う産みの苦しみとしては程度が軽いだろう。そんなものを嗤う余裕がある国なんて、世界中のドコにもないと思うんだけど。日本にしてみれば「衛星打ち上げビジネスの敵」の失敗ではあるけれど、敵失を喜んでいられる現状じゃないでしょ。
私は幼少の頃から「アポロが…」って話を聞かされつつ育った関係上、宇宙開発関連の話は大好きだ。だからこそコミケで「ロケットエンジン関連の本」なんぞ買ってきて、喜んで読んでいる。そんな私にしてみれば、「ドコをどう考えても真っ当な宇宙開発」(この点、北とは確かに異なる)を嗤われるのは正直面白くない。その対象となるのが、アノ「韓国」であっても。確かにあそこは色々ムカつくことやらかす国ではあるけれど、それとこれとは別でしょ。
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