9月4日2008/09/05 02:45

 諸般の事情から「ヒト電」ばかり語ってきたので、他が疎かになっている気がしてきた。つーわけで、やや唐突だけど「太平洋モノの戦略級ゲームが難しい理由」を語ってみようかと。
 
 我々は日本人である。そのため、親近感を抱くのは「日本が関わった」ものである。それはこの世界でも大きくは変わらない。そりゃあ独軍・赤軍・英米、果ては大陸軍(ナポレオン時代の仏軍)や南軍(米南北戦争)ファンが山ほどいるのは確かだけど、やはり日本が関与してる戦いへのニーズはある。私だって戦国時代物には特別な興味があるわけだし。それを考えると、太平洋戦争全体を扱ったゲームは売れるのでは…って推測は成り立つ。零戦だの戦艦大和だのはシロートでも知っているわけで、そういうモノを使って「鬼畜米英」と戦うゲームはウケそうな気がする。
 
 ただ、現状この業界ではそうなってない。好んでプレイする層がいるのは確かだし、決してマイナーテーマではない。けど、おそらくは欧州での戦い全体を扱った作品の方がメジャーである。ここでは、あえて「何でそうなるのか」を整理してみたい。「だからこのテーマのゲームは駄目なんだ」と主張するためではなく、問題点を解決したゲームをデザインしようとしている方々への参照ということで。正直、私も「手軽で何度もプレイする気になる太平洋戦争モノの戦略級ゲーム」って、プレイしてみたいんですよ。
 
 まず思いつく理由は、「ルールが複雑になりがち」かな。欧州の戦いでは、主役は陸であり、海軍・空軍はオマケにできる。けど、太平洋戦争では海軍が主役だ。そして、海軍が主役になると、どうしてもルールが複雑になりがちなのだ。
 
 何故そうなるのか?「人間は陸の上に住む存在だから」かな。原理原則論で言えば、海の上ってのは「しょせん移動経路としてだけ重要」なのである。ましてや第二次大戦当時、まだ原子力船は存在していない。戦艦だの空母だのを使ってある海域を支配したとしても、いずれそう遠くないうちにどこかの港へ帰る必要がある。そうやって考えてゆくと、拠点としての陸地(たとえ小さな島でも)の占領がすごく重要なのだ。
 
 欧州の戦いのように「陸が主役」ならば、海軍に関するルールは相当削除できる。おそらく「ルール3行ですか!」ってモノでも機能するし、それに文句を付ける奴はさほどいない。しかし、太平洋戦争における陸戦はそうなりにくい。いやね、文句を言う奴は少ないかもしれない。けど、ここのルールを簡略化しすぎると、戦いそのものがオカシくなりかねないのだ。人間の生態を考えれば「陸戦のルールが緻密で海・空のルールはオマケ同然」ってルールの方がむしろ自然なんだろうけど、そんな太平洋戦争のゲームを評価する奴はまずいない。「零戦はどうした、大和はどうした!」って文句を言うに決まっている。
 
 こんなわけで、太平洋戦争物の戦略級は「キチンと機能する程度に複雑な」陸戦ルールと、「主役扱いするため、かなり複雑な」海・空戦ルールが備えられる。言ってみれば「本質的には脇役のはずの存在を主役にしなければならない」ので、凝った演出が必要になるのだ。これはつまり、ルールが複雑になるってコトを意味する。
 
 この欠点は、理論的な意味での解決は不可能に近い。このテーマのゲームをデザインしていて、「陸・海・空の戦いをどう組み合わせるのか」を悩まない奴はあり得ないってコトだ。打てる手としては、全てのルールを簡単にして「構造は複雑でも、全体としてルールは軽くしました」とするしかないのでは。ただ、簡単なルールはそれだけで「上手く機能させるのが難しい」って側面もある。
 
 もう1つの理由は…これを言うのは多少心苦しいけど、あえて言ってしまおう。太平洋戦争って、戦略級ゲームの題材として見た場合、かなり「つまらない」戦いなのだ。
 
 零戦・大和・空母機動部隊・酸素魚雷を使った夜間雷撃・特攻に玉砕…といった「細かいエピソード」を抜きにして、太平洋戦争を眺めてみよう。まず最初、日本軍が快進撃する。はっきり言って、負けるワケがない…というより、デザイナーにしてみれば「苦戦程度ならともかく、負けてもらっては困る」レベルである。それぐらい日本軍は強かった…というより、米英が日本をナメてただけって話はあるけど。
 
 しかしまあ、そうやって進撃し続けられるほど世の中甘くない。戦力的に互角になるのがミッドウエーやガタルカナルで激突する頃。どっちも最後は日本軍がヒドい目に遭ったけど、独軍だってモスクワは陥とせず、スターリングラードではヒドい目に遭わされたのだ。これ自体は問題ではない。この辺りで日本軍が史実より頑張れるかが「プレイヤーの腕の見せ所」だろう。
 
 問題はその後。はっきり言って、日本軍にいいところはない。ボロ負けの連続である。なにせ物量が違う。独軍に対した赤軍のように「大軍投入しても撃破されうる」ような相手ならともかく、米軍はそう弱くない…と言うより、日本軍が自分達の期待ほどは強くなかった。戦略級で扱われるような大きな視点で見たら、結局日本軍はロクに抵抗できていない。
 
 これを戦略級のゲームに当てはめると、太平洋戦争ってのは「日本軍が勝って当然の戦いを勝ち続け、しばらく五分の戦いが続き、その結果にかかわらず後は日本軍がひたすら負け続ける」ことになる。勝って当然・ひたすら負け続けって戦いは、言ってみれば「作業」って意味合いが強い。一方的な戦いは面白くないからね。この流れはプレイヤーの技量でどうこうってレベルじゃない。
 
 何でそうなるのかと言えば…うーん、やはり両軍に「壮大な誤解」があったからだろうなあ。開戦当初、英米はフィリピンやマレー半島で「粘れるんじゃないか」と期待していたフシがある。日本軍相手なら、それぐらい何とか…と、ある程度ナメていたんじゃないかと。実際は、「この辺で粘れるようじゃ、ゲームとしてオカシイ」と評価せざるを得ないほど負けたんだけど。
 
 日本軍も英米をナメていた。米国が本気になったらどうなるのか、よくわかってなかったようだ。理屈としては「かなわない」と思っていたようなんだけど、実感が伴っていたようには…正直言って、今この時点で日本が米国にケンカ売るのと同じくらい無謀だったはずなんだけどねえ。
 
 こういう「壮大な誤解に基づいた判断」が無視できない戦いってのは、ゲームにするのが難しい。まあ、太平洋戦争の場合は多少マシだけどね。連合軍の誤解は「マニラもシンガポールも守れません」ってなるだけ(おそらく戦力温存の余裕すらない)だし、日本軍が後半ボロボロにされても、諦めがつく(そもそもどーしよーもない)だろうから。ただ、どーしても流れが単調になる。プレイヤーが「自分なりの戦略」を試そうにも、「勝って当然」「負けて当然」の戦い中心では、「何やっても同じだ…」って無力感がつきまとってしまう。面白い時期はあるんだけど、その期間は結構短い。
 
 これも「本質的には解決不能な問題」なんだろうなって気がする。戦いの流れそのものに注目した場合、確かに太平洋戦争はつまらない。しかも、流れそのものだけ考えるのなら、工夫の余地がない…というより、あったらかえってマズい。初期の日本軍の強さ・後期の米軍の物量はそれぐらい圧倒的だし、「別の戦略を導入して…」となると、中国大陸で派手な攻勢を取る(それでらちがあかなくなったから開戦したんだけど…)か、ウラジオストックになだれ込む(シャレじゃ済まない敵を増やしいる場合か?)か…インド侵攻ぐらいならば、「意義や勝ち目はともかく、やろうと思えば出来る」だろうけど。
 
 過去のゲームはこの問題にどう向き合ってきたのか?実は、一番多いのはルールがえらく複雑で、戦略面ではあまり工夫の余地がないビッグゲームに逃げてきたってパターンではないかと。ビッグゲームにすれば細かい部分に目が届くので、戦略を練る余地が少なくてもプレイヤーはあまり気にしなくなる。何度もプレイできるワケじゃないし、研究するのも大変だから、「史実に囚われない謎の戦略」使ってゲームをブッ壊そうとする馬鹿も少ないし。ルールが複雑なのも「ビッグゲームだから」ってことで許してもらえるわけだ。
 
 逆に言うなら、ルール簡単で手軽にプレイできるものを目指そうとすると、この2つの問題が目立ってくる。あくまで一般的な話をすると、ルールを簡単にすると「結果がまるで先読みできないか、あるいはなるようにしかならない」ってことになりがち。その上で戦いの推移が「なるようにしかならない」ようだと、「どっかオカシイ」って批判を受けるか、本当になるようにしかならなくて「すぐ飽きる」ものができてしまう。コレを防ぐためルールをちょっと複雑にしようと考えると、途端に全体が複雑になる。
 
 このように、太平洋戦争は「ルールが簡単で、何度も楽しめる戦略級ゲーム」をデザインしにくい。人気の出そうなテーマだけに、この結論はちょっと厳しい。でも、だからって「そういうゲームをデザインするのは不可能」だとは思わない。正面切っての解決が難しい問題があるのは確かだけど、それを承知の上でどう工夫するかによって、良いゲームが出来るかもしれない。少なくとも私は大いに期待しています。
 
 なお、「思っていたより複雑そうだ」と敬遠していた「Empire of the Sun」(GMT、カードドリブンの太平洋戦争)が、このテーマにしては手軽で面白いって話がある。他にも「やってみたら面白そうな」モノは少なくない。その意味では、私ももう少し積極的にプレイしてみたいかなあ。ただ、やっぱり戦略級ゲームって「怪しげな手を開発してナンボ」って気がするんだよね。太平洋戦争だと、工夫の余地が少ない気がするんだよな。もっとも、そんなこと気にする馬鹿は私だけでしょ(笑)。