6月12日2008/06/13 00:59

 小言を言いたいことは多いんだけど、あまり生産的でない小言はどうよってんで自粛。つーわけで本日は、ノー天気に「スピード社の水着が速い理由」をお届けしましょ。なお、思いっきり不真面目なので、本気にしないように。
 
 「着ると速く泳げる」と評判だった、スピード社の水着。先日日本選手が試着した結果を見ると、どうやら本当にスゴいようだ。国際水連が「インチキではない」と公認しているところを見ると、水着自体に浮力があるといった仕組みではなさそう。まさに魔法だね。そこで今回は、その速さの秘密に迫ってみたい。ただし、私なりに。
 
 私が導き出した答えはこうなる。「説明不能」。当たり前のことを…と言ってはイケナイ。私に説明不能ってだけじゃなく、多分駄目にも説明できねーだろうなって意味だ。これは推測だけど、スピード社の開発担当でさえ「何であんなに速いんですか?」って質問の答えは「よくわからない」ではないかと思われる。実際にはもう少し気の利いたこと答えると思うけど。
 
 何故説明不能なのか?流体力学ってのは「そーゆー」世界だから。水着自体に浮力がないにもかかわらず、「体が浮くような感じがする」ってことは、まず間違いなく流体力学絡みだ。ここまではわかる。けど、そっから先は「よくわかんない」世界なのだ。流体力学ってのは、色んな分野の色んな組織が山のようなカネ使って研究してるにもかかわらず、未だによくわかんないことだらけ。それが流体力学である。
 
 流体力学にカネ使っている組織の代表は、飛行機会社だろうな。特に軍用機絡みは。飛行機が軍用に使われて以来、あーでもないこーでもないといじくり回しているけど、それでも謎は多い。「同じエンジン使っているからあんまり性能変わらないはずなのに、何故かやたら高性能」って機体が存在するからなあ。第二次大戦当時の米軍の傑作P-51は、「なんであんなに速度出るのか、実はよくわかってない」そうだし。もちろん、「何故かやたら低性能」って機体も山ほどある。
 
 流体力学はよくわかってない部分が大きいので、「凡人がカネと手間を大量に使って導き出した線より、天才が何気なく引いた線の方が上」って世界でもある。これを象徴するのはF1かなあ。自動車メーカーが威信と宣言効果を掛けて大金つぎ込んでいるのに、「空力性能クソ」ってマシンが平気で出てくるからねえ…フェラーリ・マクラーレン並にカネ使っていると推測され、なおかつシーズン前に「今年は表彰台の真ん中に!」というお約束を吼える某メーカーのマシンなんか、同じエンジン使っているはずのフランクおじさんの個人チームと比べて特別速くなさそーな気がするんですが。
 
 まして、今回問題になっているのは水中。水中での流体力学ってのは、より謎が大きい。空気より明らかに「粘りがある」のは間違いないんだけど、その粘りがどんな影響を与えるのかはよくわかってない。空中だと「ブレーキになる」流れにより気泡が生じれば、浮力になりそうなので得失がビミョー…などなど。にもかかわらず、水着開発にカネかけているとはいえ、まさか戦闘機開発やF1マシンほどじゃあるまい。スピード社の水着があんな素材であんな形状になったのは、つまるところ「色々試してみたら、たまたま良い結果が出た」だけだってことは賭けてもいいね。
 
 ちなみにこの流体力学、実はイグノーベル賞(笑える研究を表彰するモノ)でもおなじみの研究分野である。2005年の化学賞に輝いた「人間はシロップの中と水の中ではどちらが速く泳げるか?」って研究に至っては、そのものズバリ。まさかスピード社の開発陣はこの論文を応用したんじゃあるまいな(笑)。他にも「タイトルだけ読むと脱力ものだけど、実はよくわかってなかった分野の研究」がいくつかあり、流体力学ってモノがいかに「ワケわからん分野」なのかを思い知らせてくれる。
 
 こうして見てゆくと、私が「スピード社の水着が速い理由は説明不能」と言った理由がわかってもらえるのでは。その理由をズバっと説明するためには、流体力学を「極めて」いる必要がある。でも、そんな奴はこの世にいない。最強ステルス戦闘機F-22を開発したマグドネル・ダグラス社の開発者でも、ロシア戦闘機の空力設計をやっているTsAGI(世界最大の流体力学研究所だそうな)の人間でも、そんなことは無理だろう。そーゆー世界のシロモノだからねえ。
 
 まして対抗しようなんて考えた日には…日本水連と契約してるメーカーの努力は認めるけど、「頑張れば何とかなる」世界じゃないと思うんですが。あんな短期間でどうこうするなんて考えたら、それこそ、ジョン・バーナード、ロリー・バーン、エドリアン・ニューウェイ(F1マシンの名デザイナー)並の才能を持つ奴をどこかから引き抜いてこないと。あるいは…何かヒントが転がってないか、「人はシロップの中と水の中ではどちらが速く泳げるか」とか、「ペンギンがうんこする際に生じる圧力:鳥類の排便における計算」といった論文を熟読するか。こう言っては何だけど、ミズノ・デサント・アシックスの考えるところの「頑張って何とかする」には、含まれそうもない方向への努力だな。ただ、他にどーしろと?
 
 北京で誰がメダルを獲るかどうかはさておき、水着開発競争では明らかにスピード社の勝利で間違いないでしょ。これに対して「日本のメーカーは何やってんだ」と言うのは簡単だけど、だからってどーしよーもなさそうだってことは理解してあげていいのでは。なにせ、努力・根性が才能・偶然にあっさり負けちゃう世界の勝負になっちゃったんだから。流体力学なんて、そんなものよ。だから面白いんだけどね。