4月21日2006/04/22 02:07

 私は一応法律を勉強していた時期があるってことで、「騒音おばさん」の裁判について思うところを書いてみよう。
 
 私が思うに、この裁判はそこそこ「重要な」判決じゃないかと思う。「騒音を使った傷害罪」が認められたってのは、珍しいような気がするから。「五月蠅いから何とかしろ」って訴訟は良くある話だけど、普通は民事訴訟だの行政訴訟だのの話。刑事事件として扱われ、おまけに実刑判決ってのは、さすがに前例少ないのでは。
 
 ただまあ、これ自体は驚くようなコトじゃない。ちょっと考えれば、音が立派な「凶器」になりうるってのはわかるでしょ。ただまあ、刺したとか殴ったとかと違い、「ホントに音が原因かぁ?」ってことを証明しにくいのは事実。鼓膜破れたとかいうワケじゃないからなあ。事実、「騒音おばさん」の弁護人はそこを拠り所に弁護を展開したらしい。
 
 この弁護方針、これはこれで納得できる話である。民事訴訟(フツーの人同士の裁判)や行政訴訟(国などを訴える)なら「迷惑だ!」ってだけで訴訟の対象になりうるけど、刑事罰ってのはかなり性質が異なるからね。ちゃんと騒音と健康被害の間に因果関係があるって証明できなきゃいけない。他の法律に引っかかって刑事裁判になることは考えられるけど、傷害罪を認定したってのはちょっと珍しいのでは。
 
 とはいえ、自信を持って弁護できるような根拠じゃないでしょ。「とりあえず主張してみた」ってところじゃないかな。ただ、だからって裁判を諦めるのはどうかと思う。刑事事件で有罪を宣告される以上、「根拠はしっかり示すべきだ」ってのがあるからね。悪い奴を弁護する弁護士だからって、悪い奴とは限らない。
 
 もう1つ注目に値するのは、実刑判決ってところでしょ。傷害で懲役1年って程度の罪なら、フツーは執行猶予つくのにね。「まるで反省してねえ」ととられたんだろうな。ただ、無罪を主張した関係上保釈されなかったので、刑務所にいる期間はさほど長くない。出所した後どーするつもりなのかは注目する価値があるな。
 
 この「騒音オバサン」が悪い奴だってのはわかる。わかるけど、それだけで片付けるのは「もったいない」気がする。「なんでこんな奴になったのか」、ちょっと興味深いんだよね。ある意味、「人形同然の連中と、そいつらに祭り上げられて目が曇った教祖」って図式じゃないかと推定可能なオ○ム真理教の連中よりも、興味深い。ただまあ、私はそんな領域まで踏み込む能力も覚悟も資格もないので、永遠に謎なんだろうけど。世の中なんてそんなもんだ。
 
 この事件はやたら大ごとになったけど、本質的には「ありがちな衝突」の延長にあるものだ。決して他人事ではない。あんな奴が身近にいたらどーするか?そういう恐怖は感じてもいいんじゃないかな。ついでに言えば、「自分は本当にあのオバサンみたいな奴にならないのか」もね。